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農園支援プロジェクトReport.30 世界最古のカカオ栽培起源に行ってきました!

農家支援プロジェクト「みんなで育てるカカオの森プロジェクト」のレポート第30弾!

みなさんこんにちは!スタッフのしりです。
プロジェクトのレポートも気づけば今回で30話目を迎えましたね。
これまでの活動を振り返ると一瞬のようでもあり、一歩一歩積み重ねてきた重みをとても感じます。

今回はReport.28に続いて現地の渡航話をお届けいたします♪

エクアドルの国内線に乗り、私たちは南端にあるサモラ・チンチぺ県にやってきました。
ここは、ペルーとの国境に近い場所に位置しています。
そこからさらに、車に揺られること約5時間。パランダ地区へと向かいました。
カタマヨ空港に到着後、綺麗な虹が出迎えてくれました^^
なぜここまで足を運んだのかというと・・・
実は近年の研究によって「エクアドルが世界最古のカカオ栽培起源の地である」ということが証明されたからです。
今回大変ありがたいご縁があり、日本から広島大学の佐藤名誉教授、上野教授、そしてお菓子研究家の河田昌子先生と同行させていただくことができました。
カカオの専門知識についてより深く学べる貴重な機会になりました!

少しマニアックなお話になりますが、カカオのロマンが詰まっていて興味深いのでぜひ読み進めてみてくださいね^^
標高約1100mに位置する「サンタアナ・ラ・フロリダ遺跡」(通称SALF)に行ってきました。
遺跡の周辺はアンデス山脈に囲まれており、アマゾン川の本流へと合流するパランダ川、チンチぺ川、マラニョン川が流れています。
ここから流れる川が大西洋へと遠くつながっております。
この遺跡の案内人は、遺跡の研究者であるフランシスコ・バルデス博士です。
エクアドル生まれの71歳で、フランスで考古学を研究されていた方です。
この遺跡は1992年に偶然、道路工事の際に見つかり、2002年以降に本格的に調査や研究が始まったそうです。
2018年に大発見の論文を発表したのが歴史が変わる瞬間でした。
驚くべきことに、こちらの遺跡は推定5500年前にできたものだと言われています。
これまでのカカオ歴史は、約3800年前に中米のメソアメリカ地域でマヤ文明やアステカ帝国が起源とされており、そこでカカオが利用されていた証拠が見つかっていました。
この時代のカカオは、通貨や神への捧げもの、不老長寿の薬(飲み物)として使われていました。
しかし今回の遺跡発掘により、その定説を覆す大発見がこの場所で行われていたのです。
5500年前と言われても、あまりにスケールが大きすぎてピンとこない方も多いですよね。
日本の歴史に当てはめてみると、まさに「縄文時代(中期)」 になります。
この時代は日本最大級の縄文集落として世界文化遺産にも登録されている、青森県の「三内丸山遺跡」がちょうど始まった時期とぴったり同じなんです!

当時は、まだお米作り(稲作)も始まっておらず、人々は豊かな森で木の実を拾ったり、狩りをして暮らしていました。
そんな時代に、地球の裏側エクアドルでは、すでに人々が集落を作り、大自然の恵みを受け、カカオの木を栽培して生活に役立てていたということになります。
↑遺跡周辺は、石に囲まれており20世帯の住居がありました。

では、なぜこの遺跡が「世界最古のカカオ栽培の地」だと科学的に証明できたのでしょうか?
それは、遺跡から出土した「土器の壺や器」の破片を分析したところ三つの決定的な科学的証拠が見つかったからなんです!
ユニークな土器たちですよね!具体的には以下のようなものが検出されました。
・顕微鏡で確認された「カカオのでんぷん粒」(物理的な証拠)
・カカオ特有の化学成分「テオブロミン」(生化学的な残留成分)
・古代カカオの「DNAの断片」(遺伝子レベルの証拠)

このようにチョコレートとしてではなく、カカオを人類が利用していた成分が見つかったのです。
さらに、集落のゴミ捨て場からも出土されています。
このことから日常的にカカオを栽培し収集、消費していたことが分かります。

また、沿岸部のナショナル種(アリバカカオ)がこの古代カカオの遺伝子を90%以上引き継いでいることが証明されました。
↑遺跡周辺のカカオ(チャクラの中にありました)

この土地で偶然の遺跡発見が、カカオの栽培起源にまでたどり着くとは、当時は誰も想定していなかったと思います。
歴史が大きく変わった場所にまさか私たちが足を踏み入れることができるとは思っておらず、振り返るたびに本当に貴重な経験をさせていただいたと感じております。

次回は大発見となる土器の壺や器、遺跡についてさらに深く掘りさげてご紹介したいと思います。
このユニークな記念写真の意味が分かるかも??
ぜひお楽しみに~!


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